網代城

網代城あじろじょう
静岡県熱海市網代
Mapion

--教安寺門前に立つ城址碑--
別名    
交通 JR伊東線「網代駅」から徒歩20分。
築城年代 南北朝時代
築城者 聞間七郎太夫
形式 山城
主な城主 岡本善左エ門
豆州志稿」によると、南北朝時代、聞間七郎太夫が築いたとされる。1338年(延元3)9月、肥後国菊地武敏の一族である聞間七郎太夫は、義良親王(または宗良親王?)に従い、北畠親房らと伊勢から奥州へ向かう途中、暴風に遭って遠江へ漂着した。そして陸路伊東氏を訪れ、網代を受領して城を構えたと伝わる。
1589年(天正17)3月、安房国里見氏やその家臣鎌田美濃守が兵船10艘で賀茂郡多賀湊に押し渡り、網代城を攻めた記録があり、この時の城主は岡本善左エ門という。
三方を山に囲まれた教安寺を中心とする「湯ヶ谷」が城址とされ、門前に城址碑が立つ。また東方に位置する標高162メートルの朝日山は平安時代末期、伊東祐親の家臣である網代小中太家信が居住したといわれる。
教安寺 Mapion
西から朝日山遠望

参考文献 「静岡県の中世城館跡 静岡県教育委員会」
      「静岡・愛知・岐阜の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2015年9月