安源寺城

安源寺城あんげんじじょう
長野県中野市大字安源寺
Mapion

--西から城址遠望--
別名     
交通 JR飯山線「上今井駅」。
築城年代 1582年(天正10)頃
築城者 高梨頼親
形式 山城
主な城主 高梨頼親
この地は高梨氏一族が領していたが、1555〜58年(弘治年間)頃、武田氏の圧迫によって中野館を退去した高梨政頼は飯山に逃れる。
1582年(天正10)武田氏滅亡後、上杉景勝が川中島を支配すると、8月政頼の子である頼親は安源寺2千貫の知行を得た。頼親は一族の旧館である安源寺館に入ると、新たな館城として安源寺城普請に取り掛かった。しかし間も無く中野館への入城が叶った為、この安源寺城は未完成のままに廃城となった。
西側、林檎畑にある安源寺跡碑
安源寺という大寺があったが、
1559年(永禄2)戦火により焼失した。
その後再興はならなかったが、
安源寺の名は地名として残った。

参考文献 「長野・山梨の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2008年10月