江戸崎城

江戸崎城えどさきじょう
茨城県稲敷市江戸崎
Mapion

--二の丸・正面の小山が本丸--
別名      
交通 JR常磐線「土浦駅」からバス「江戸崎」下車。
築城年代 1439年(永享11)
築城者 土岐左馬助秀成
形式 平山城
主な城主 土岐氏
1439年(永享11)永享の乱において戦功のあった土岐左馬助秀成がこの地を加増された時、築かれたとされる。また一説に1278〜88年(弘安年間)土岐師親が信太荘の地頭となり、その孫の景秀が築いたともいわれる。以後土岐氏は江戸崎城を居城とし、戦国時代には県南を代表する勢力となる。
1590年(天正18)9代治綱の時、豊臣秀吉に従わなかった為、佐竹氏家臣芦名盛重と争い滅亡した。
土岐氏滅亡後、江戸崎城には盛重が入城するが、1603年(慶長7)佐竹氏の出羽移封に盛重も従い、江戸崎城は間も無く廃城になったと思われる。
江戸崎小学校南、城山稲荷が建つ地が本丸。二の丸はグラウンドとなり、その北側の鹿島神社境内に土塁が残されている。
鹿島神社境内に残る土塁 鹿島神社北側の道路は堀跡か 鹿島神社北に建つ瑞祥院

参考文献 「現地案内板」 
                        「茨城・栃木・群馬の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2013年5月