田舎館城

田舎館城いなかだてじょう
青森県南津軽郡田舎館村田舎舘
Mapion

--「ヤマコ」に立つ城址記念碑--
別名            
交通 弘南鉄道弘南線「田舎館駅」から徒歩30分。
築城年代 1336年(建武3)
築城者 工藤氏
形式 平城
主な城主 千徳政武
1336年(建武3)から翌年にかけて、田舎館領主であった南朝方工藤氏、又は安保氏と、平賀郡地頭職の曾我太郎貞光が争った田舎館合戦当時、規模は不明だが、この地に既に城館があった事が伺える。
1475年(文明7)南部一門の浅瀬石城主千徳政久の2男が千徳貞武(政実)を称し入城すると、政武まで千徳氏が5代続いた。
1585年(天正13)5月20日、5代政武の時、津軽統一を目指す大浦為信の軍勢3千に攻められると、城主政武以下300余人は討死、落城した。その後政武の妻於市は1601年(慶長6)為信主催の法要の時、祭壇の前で自害したという。
城址一帯は水田や宅地となっており、遺構は不明瞭だが、正魂神社付近が本丸とされ、近くに「盛コ(ヤマコ)」と呼ばれる土塁が僅かに残されている。土塁上にはサイカチの老木があり、一説に討死した千徳政武以下300余人を埋葬した時の供養樹といわれている。
「ヤマコ」に立つサイカチの老木 土塁上 「ヤマコ」から西、田舎館村役場方面
城郭風の建物になっている
「ヤマコ」から北側 「ヤマコ」から北東
外郭は宅地となっている
東から城址遠望

参考文献 「現地案内板」
                       「青森県の中世城館 青森県教育委員会」
                       「青森・岩手・秋田の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2014年9月