葛山城

葛山城かつらやまじょう
長野県長野市茂菅
Mapion

--本丸背後堀切--
別名     
交通 JR信越本線「長野駅」から登山口まで徒歩30分。
南東麓往生寺又は南西静松寺から登山道があります。
築城年代 1334〜37年(建武年間)
築城者 落合氏
形式 山城
主な城主 落合備中守
1334〜37年(建武年間)に築かれた落合氏代々の居城。
第2回川中島合戦の際、上杉謙信により旭山城に対する付城として整備・拡大された。武田・上杉氏両者とも長期にわたる対峙を続け、今川義元の仲介により旭山城破却が条件で和議が成立し双方の軍勢は撤兵した。
しかし1557年(弘治3)2月武田信玄は雪深く上杉軍が出陣できない時期を見計らい、馬場美濃守に命じ1万7千の大軍で攻めさせた。武田方は中腹にある落合氏菩提寺静松寺の僧から葛山の水利の不便を知ると火攻めにし、城将落合備中守は討死し、2月15日落城した。
北尾根堀切 本丸下曲輪跡 本丸
本丸背後堀切 本丸から旭山城遠望 本丸から大峰城遠望
本丸東連続堀切 本丸東堀切 長野市街から葛山城遠望

参考文献  「現地案内板」
                  「日本城郭全集 人物往来社」
                     「長野・山梨の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2008年10月