御坂城

御坂城みさかじょう
山梨県南都留郡富士河口湖町河口
Mapion
登山口地図

--中央部・西空堀--
別名  
交通 富士急行「富士山駅」からバス「三ツ峠入口」下車。
登山口から城址、御坂峠まで約1時間です。
築城年代 戦国時代
築城者 後北条氏、又は武田氏か
形式 山城
主な城主 後北条氏
標高1520mの御坂峠を中心とし、南北稜線上に築かれた、日本一標高の高い城址。御坂峠を通る鎌倉街道を封鎖する関門であり、東西両側には長大な空堀を廻らせている。
1582年(天正10)武田家滅亡後、甲斐・信濃諏訪郡の領主となった河尻秀隆が武田家旧臣や農民等の国人一揆により討たれると甲斐国は一時的に無主地となり、徳川家康と後北条氏が領有を巡り争った。この時甲斐侵攻の拠点として後北条氏によりこの御坂城が築かれた(又は修築)と考えられる。「天正壬午の乱
御坂峠付近を城域の中心とし、南北それぞれのピークにかけて稜線上に堀や土塁が良好に残されている。

北部
東側を下る竪堀 曲輪跡 東下空堀
曲輪跡 西側空堀 西側を下る竪堀

中央部
御坂峠 御坂峠北堀切 曲輪跡
西下・空堀が二重になる箇所 堀切 西土塁

南部
堀切・土橋 竪堀 城址から見る富士山・河口湖

参考文献 「長野・山梨の城郭 新人物往来社」
    「余湖くんのホームページ HP」
訪城回数 1
2011年1月