長野県中野市中央2丁目 --中野陣屋県庁記念館・案内板-- |
別名 | |
交通 | 長野電鉄長野線「信州中野駅」から徒歩15分。 |
築城年代 | 1616年(元和2) |
築城者 | |
形式 | 陣屋 |
主な城主 |
この地に陣屋が置かれたのは、1582年(天正10)本能寺の変で織田信長が亡くなった後、北信濃を領有した上杉氏の陣屋を初めとすると伝えられる。 陣屋がこの地に置かれた事が確実となるは1616年(元和2)幕府代官陣屋以降で、1724年(享保9)には周辺の陣屋が中野陣屋に統合され、およそ5万石の村々を統治する陣屋となった。 1867年(慶応3)大政奉還により中野陣屋は廃され、天朝御料の下、尾張藩取締所となり、その後伊那県中野分局が置かれる。1870年(明治3)9月、中野県庁に昇格するが、12月「中野騒動」の為に焼失し、翌年6月には中野県は長野県と改称。7月長野県に県庁が移り、中野県庁は僅か10ヶ月で廃止となった。 遺構として中野陣屋県庁記念館北の商店の間に陣屋井戸がある。また案内板付近に石垣があるが、これが案内板に記載される石垣遺構かは分からなかった。 |