佐伯城

佐伯城さいきじょう
大分県佐伯市大手町
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--廊下橋跡石垣--
別名 鶴屋城・鶴城・鶴ヶ城・鶴谷城
交通 JR日豊本線「佐伯駅」から登山口まで徒歩30分。
南麓に建つ佐伯文化会館裏手から登山道があります。
築城年代 1602年(慶長7)
築城者 毛利高政
形式 平山城
主な城主 毛利氏
1602年(慶長7)日隈城からこの地に移った毛利高政により築かれ、明治維新に至るまで代々毛利氏2万石の居城となった。1606年(慶長11)完成したが、1617年(元和3)失火により本丸・天守閣が焼失すると、再建される事は無く、1637年(寛永14)3代高尚の時、山麓三の丸に居所は移された。その後山城は放置され、荒廃したとされるが、1709年(宝永6)6代高慶は幕府の許可を得て20年に及ぶ修築工事を行った。この時も天守は再建されなかったという。
最後の藩主12代高謙の時、明治維新を迎えた。
本丸北に北の丸、南に二の丸・西の丸と並び、石垣が完存している。また本丸を中心として南北に曲輪が並ぶ羽を広げた形状から鶴城等とも呼ばれる。山麓三の丸は佐伯文化会館敷地となり、櫓門が残されている。
西の丸 西の丸南門跡 二の丸虎口
内側から見る二の丸虎口 二の丸 二の丸石垣
廊下橋跡石垣(堀切跡) 本丸埋門跡 本丸石垣
外曲輪から見る本丸 本丸天守跡 北の丸虎口
北の丸櫓跡 三の丸に立つ櫓門 城下に残る安井
藩医今泉元甫が掘ったという
3つの井戸の一つ

参考文献 「現地案内板」
                        「大分・宮崎・愛媛の城郭 新人物往来社」  
訪城回数 1
2016年12月