稲倉城

稲倉城しなぐらじょう
長野県松本市稲倉
Mapion
登山口地図

--主郭堀切--
別名    
交通 各線「松本駅」下車。
バスターミナルからバス「組合下」下車。
築城年代 室町時代初期
築城者 赤沢氏
形式 山城
主な城主 赤沢経康
室町時代初めから戦国末期まで、浅間郷の領主であった赤沢氏本城。
赤沢氏は小笠原長経の2男清経の子孫とされ、1550年(天文19)武田氏の松本侵攻の際、小笠原長時に従わず、その後武田氏に属した。
1583年(天正11)小笠原貞慶が信濃に復帰すると、赤沢経康は一時帰参する。その後上杉景勝と通じ、塔原城主海野幸貞・小岩嶽城主古厩盛勝と結んで貞慶へ謀反を企てるが発覚し、切腹を命じられ、城館も廃された。
稲倉城館町跡 赤沢氏居館跡 三郭
三郭下堀切 二郭・三郭間堀切 二郭
主郭・二郭間堀切 主郭 南西伊深城麓から城址遠望

参考文献 「日本城郭全集 人物往来社」
        「戦国人名辞典 新人物往来社」
          「長野・山梨の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2011年4月