道灌山

道灌山どうかんやま
東京都荒川区西日暮里3丁目
Mapion
本行寺地図

--道灌丘碑・本行寺--
別名 城山
交通 各線「日暮里駅」から本行寺まで徒歩5分。
築城年代 1457年(長禄1)か
築城者 太田道灌か
形式
主な城主 太田道灌
西日暮里駅西側、上野から飛鳥山へ続く台地上一帯は、道灌山と呼ばれている。地名の由来として、1457年(長禄1)江戸城を築いた太田道灌が、この地に物見塚と呼ばれる斥候台を置いた為、または後北条氏時代、新堀(日暮里)の土豪関道閑が屋敷を構えた為ともいわれる。
江戸時代中頃になると、道灌山の大半は秋田藩主佐竹氏の抱屋敷となった。
また現在の西日暮里公園(道灌山公園)を含む、日暮里駅にかけての寺町一帯は「ひぐらしの里」と呼ばれ、江戸時代に人々が日の暮れるのも忘れ、景色を楽しんだ事から、新堀に日暮里の文字があてられたとされる。
寺町南にある本行寺境内には、道灌丘碑が残る。1750年(寛延3)住職日忠や道灌の後裔と称する掛川藩主太田氏らが、物見塚脇に建てたもので、その後塚は鉄道敷設で無くなり、この碑だけが残されたのだという。

参考文献 「現地案内板」
                    「東京・埼玉の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2009年3月