白山城

白山城はくさんじょう
山梨県韮崎市神山町鍋山
Mapion

--西尾根堀切--
別名 鍋山砦
交通 JR中央本線「韮崎駅」から登山口まで徒歩35分。
南東中腹に建つ白山神社、また武田八幡宮南から登山道が
あります。
築城年代 12世紀初頭
築城者 武田信義
形式 山城
主な城主 青木氏・山寺氏
甲斐源氏の祖である源(逸見)清光の子信義は1128年(大治3)に生まれる。信義は生地逸見から分封されると、武田に居館を構え、武田八幡宮で元服し、武田太郎と号して武田氏の祖となり、甲斐源氏一族を率いて強大な武力を誇った。この時要害として白山城が築かれたと伝えられる。
1180年(治承4)以仁王の平家討伐の令旨を受けて挙兵し、信濃・駿河に転戦して武功を立て、駿河守護に補せられた。しかし甲斐源氏の勢力に危機感を抱いた源頼朝は信義に謀反の疑いをかけ、子である一条忠頼が謀殺される等、晩年は幕府から冷遇され、1186年(文治2)59歳の時、失意の内に世を去った。それに伴い白山城も一時荒廃したとされる。
しかしその後信義の遺領は武田一門である一条氏、次いでその支族である武川衆青木氏、山寺氏が継ぎ、白山城も改修・利用された。
1582年(天正10)武田氏滅亡後、山寺氏は徳川家康に従い、本領を安堵されており、白山城も引き続き存続したが、1661〜72年(寛文年間)廃城になったとされる。
白山神社 南尾根虎口 南尾根虎口前横堀
二の丸虎口 二の丸 本丸東下帯曲輪
本丸桝形虎口 内側から見る本丸桝形虎口 本丸
本丸西土塁 本丸西堀切 西尾根曲輪
本丸北土橋・馬出 本丸北土橋脇堀 竪堀
本丸北馬出桝形虎口 馬出北横堀 南東から城址遠望

参考文献 「現地案内板」
                     「長野・山梨の城郭 新人物往来社」
訪城回数 2
2006年6月
2021年12月