東方城

東方城ひがしかたじょう
埼玉県深谷市東方
Mapion

--東から城址遠望--
別名   
交通 JR高崎線「籠原駅」から徒歩40分。
築城年代 1456年(康正2)
築城者          
形式 平城
主な城主 松平康長
築城者・年代は不明だが、深谷城の支城として、深谷上杉氏の氏族、家人が居城していたと考えられる。
1590年(天正18)徳川家康が関東に入国すると、松平康長が1万石で入城した。そして1601年(慶長6)上野国白井城へ移ると、東方城は廃城となった。
城址は北側に突き出した台地崖端に位置する。大半は畑や宅地になっているが、北西一画の山林に土塁や空堀が良く残されている。
標柱 堀切跡 土塁
空堀 城址西側 南西に建つ熊野神社

参考文献  「埼玉の古城址 有峰書店新社」
      「埼玉の城址めぐり 幹書房」
訪城回数 1
2015年5月