碑文谷殿山

碑文谷殿山ひもんやとのやま
東京都目黒区碑文谷5丁目
Mapion

--殿山付近--
別名    
交通 東急東横線「学芸大学駅」から徒歩10分。
築城年代 平安時代か
築城者 碑文谷氏
形式
主な城主 碑文谷氏
碑文谷池南には殿山という地名があり、中世の館があったと伝えられ、12世紀から15世紀にかけて、立会川流域を中心に勢力を持っていたとされる碑文谷氏居館跡と考えられる。
碑文谷氏について、目黒氏の一族とも推定されるが詳しい事は明らかではない。千葉県松戸市本土寺に残されている「本土寺過去帳」には、碑文谷筑後の子、日祐童子の名がみえ、碑文谷氏という武士の存在が在った事が確認できる。
現在一帯は平坦地となり遺構は全く残されていないが、かつては殿山に続き、台ノ口・安藤山等高地を成していたとされ、また村内には鎌倉古道が通じ付近は要所であったという。

参考文献 「めぐろ歴史資料館」
         「東京都遺跡地図 HP」
                「東京・埼玉の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2009年7月