本圀寺城

本圀寺城ほんこくじじょう
京都府京都市下京区柿本町
Mapion

--本圀寺碑--
別名       
交通 京都市営地下鉄烏丸線「五条駅」から徒歩15分。
築城年代 1345年(貞和1)
築城者 日静
形式 寺院(平城)
主な城主 足利義昭
1345年(貞和1)京に移転してきた法華宗本圀寺は広大な寺地を誇った。
1536年(天文5)7月22日から28日、比叡山延暦寺と法華衆が争った天文法華の乱の際、唯一下京の外にあった本圀寺は法華衆残存勢力が終結するが、六角軍に攻められ、灰燼と化す。その後1542年(天文11)本圀寺をはじめとする法華宗の寺院は帰洛の勅許が出ると再興が始まり、1547年(天文16)再建された。
1568年(永禄11)織田信長が足利義昭を奉じ、上洛すると本國寺は義昭の仮御所となる。1569年(永禄12)1月4日、信長が美濃に帰国し、不在であった隙に本國寺は三好三人衆や斎藤龍興らに攻められた。明智光秀らの防戦により落城は免れたが、信長は京都防衛の為、中央部に堅固な要塞の構築の必要性から二条城の造営を開始し、その際本國寺の用材が用いられたという。
地図の地点を中心とする一帯が本國寺城跡推定地。宅地や駐車場となり、西側の大宮通沿い、西総門跡に碑が立つのみとなる。

参考文献  「京の城 洛中洛外の城郭 京都市文化市民局文化部文化財保護課」
訪城回数 1
2018年7月