今西家土居屋敷

今西家土居屋敷いまにしけどいやしき
大阪府豊中市浜1丁目
Mapion

--屋敷門--
別名 土居城・御土居屋敷
交通 阪急宝塚線「服部駅」から徒歩15分。
築城年代 鎌倉時代末期
築城者 今西氏
形式 平城
主な城主 今西春房
元々奈良春日大社の若宮神主中臣家の支流であった今西家は、鎌倉時代末期に春日社領垂水西牧内の南郷目代としてこの地に着任したといわれる。今西氏は神官でありながら、在地領主的側面を持ち合わせており、その居館も中世土豪の城館の構造であった。また今西氏は例として27代春景、34代春一、36代春房はそれぞれ赤松範顕女、森長可女、明智光秀女のように、有力大名との間に婚姻関係を持っており、高い格式を持つ家柄であった事が分かる。
1582年(天正10)山崎合戦に際し、春房の弟春光は明智光秀に属した為、戦後羽柴秀吉に所領を没収される。江戸時代に幾分復興されたが、明治に入ると同家の春日神社は家内神となり、やがて廃社となった。
かつては外堀と内堀に囲まれた方二町の規模を有していたといわれるが、現在一帯は宅地化され、堀も埋められている。またかつて内堀に囲まれていた地に屋敷が建つが、私有地の為見学は出来ない。

参考文献 「大阪・兵庫の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2011年7月