鎌刃城

鎌刃城かまはじょう
滋賀県米原市番場
Mapion
登山口案内地図

--主郭虎口・薬医門跡--
別名     
交通 JR東海道本線「米原駅」から登山口まで徒歩30分。
地図の地点に登山口案内があります。
築城年代 鎌倉時代
築城者 土肥氏
形式 山城
主な城主 堀秀村
鎌倉時代、箕浦庄地頭であった土肥氏によって築かれたと伝えられる。
戦国時代には江北の京極氏・浅井氏と江南の六角氏の国境に位置する「境目の城」として機能しており、堀氏が居城していた。堀氏は南北抗争の中で度々服属先を変えていたが、1559年(永禄2)以降は浅井氏に属し、鎌刃城は浅井方の城となっていた。
1570年(元亀1)堀秀村が幼少の為、実質采配していた重臣樋口直房が織田信長に従った為、浅井長政に攻められ落城、百々越前守が置かれたが、姉川合戦後、信長は再び秀村を入れている。
1574年(天正2)秀村は信長によって改易され、翌年城内にあった米穀2千俵が徳川家康に与えられた記録を最後に、廃城になったと思われる。
城址へ向かう土橋状細尾根 大堀切 大石垣
上から見る大堀切 北大櫓跡
地下1階・地上2層の櫓があった
大手虎口
内側から見る大手虎口 北郭 主郭虎口・薬医門跡
主郭 主郭・南大櫓跡間堀切 南大櫓跡
南大櫓跡背後石垣 南大櫓跡背後堀切 南細尾根
7条の堀切が設けられ、鎌刃の名は
これに由来するともいわれる

参考文献 「現地案内板」
          「戦国の堅城 学研」
               「近江の城 サンライズ出版」
                       「京都・滋賀・福井の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2009年3月