葛塚城

葛塚城かつらづかじょう?
群馬県桐生市新里町山上
Mapion

--南西から城址遠望--
別名     
交通 上毛電鉄上毛線「膳駅」から徒歩30分。
築城年代        
築城者 山上氏か
形式 平城
主な城主 山上氏
1183年(寿永2)野木宮合戦で敗れた足利忠綱は、一時山上の竜奥館に潜伏するが、この竜奥館について、山上城の本丸、または北東にあるこの地と推定されている。
また1487年(長享1)12月の「赤堀文書」に、「去十四日長尾蔵人并佐野周防守同心ニ、葛塚地へ差寄終日相攻候所」とあり、葛塚地はこの葛塚城が比定されるが、下野藤岡城とも考えられている。
城址は養豚場や宅地となり、遠望のみに留めて遺構の確認はしていないが、内曲輪や堀ノ内の字名が残されている。

参考文献 「群馬の古城 あかぎ出版」
                 「群馬県の中世城館跡 群馬県教育委員会」
                「茨城・栃木・群馬の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2012年1月