腰越城

腰越城こしごえじょう
埼玉県比企郡小川町腰越
Mapion

--南東から城址遠望--
別名 根古屋城
交通 東武東上線「小川町駅」からバスで「パトリアおがわ」下車。
バス停から登山口まで徒歩5分。東麓、11号線沿いに案内が
あります。
築城年代 1532〜55年(天文年間)
築城者 伝山田伊賀守直定
形式 山城
主な城主 山田伊賀守直定
安戸を根拠地とする松山城主上田氏の家老で、道祖土図書助により赤浜の原合戦で討死した山田伊賀守直定の居城と伝えられ、槻川に三方を囲まれた要害に位置し、安戸の入口を守る重要な役割を果たした城と考えられる。
1590年(天正18)豊臣秀吉の重臣前田利家により松山城が落城すると、同時に廃城になったとされる。
大手口
この付近は榎戸と呼ばれ、城の
大手口として一の木戸があった事
から地名になったといわれる
本丸背後・搦手二重堀切 東帯曲輪下横堀
囮虎口とされる通路
先は袋小路となる
西曲輪堀切
この堀切構を通り抜け尾根の反対に
出て本丸方面へ向う
石積み
本丸下腰曲輪 本丸虎口 本丸
本丸に立つ城址碑 本丸から西 本丸から東

参考文献 「現地案内板」
                     「東京・埼玉の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2007年1月