野庭関城

野庭関城のばせきじょう
神奈川県横浜市港南区野庭町
Mapion

--野庭中央公園・正面が本城跡--
別名     
交通 横浜市営地下鉄ブルーライン「上永谷駅」から徒歩20分。
築城年代 鎌倉時代初期か
築城者   
形式 台地構
主な城主 石巻康保
野庭関城の存在が明らかになるのは後北条氏の時代、玉縄城の支砦として当時の野庭の領主石巻康保・安藤良整等の時代からである。しかし西方に鎌倉古道が通る国境の要所として、古くから何らかの要害が築かれていたものと考えられる。1213年(建暦3)和田合戦の時、泉小次郎親衡らが20日間籠城した末に落城したという伝承もある。
一帯は団地化され、明確な遺構は見当たらないが、野庭郵便局前、築山がある付近が本城であったと伝えられる。

参考文献 「横浜市港南区 HP」
                  「千葉・神奈川の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2009年12月