埼玉県東松山市石橋 --本丸に立つ城址碑-- |
別名 | 石橋城 |
交通 | 関越自動車道「東松山IC」から車で5分。 |
築城年代 | 室町時代か |
築城者 | 斧沢修理大夫か |
形式 | 丘城 |
主な城主 | 山田伊賀守直安 |
築城年代は明らかではないが、「源平盛衰記」に、1183年(寿永2)「源頼朝が武州月田川のはた青鳥野に陣をとる」とあり、本丸はこの頃存在していたとも考えられている。 築城当初の居城者も定かでないが、「妙昌寺縁起」1334年(建武2)に青鳥城主として藤原斎心入道利行の名がみえる。 戦国時代に入ると、松山城の支城として後北条氏の支配下に置かれ、山田伊賀守直安が在城したと伝えられる。 1590年(天正18)豊臣秀吉による小田原攻めの際、前田利家に攻められ落城し、その後廃城となった。 |
本丸 | 本丸土塁 | 本丸・二の丸間空堀 |
二の丸に立つ板石塔婆 1325年(正中2)建立 |
二の丸土塁・空堀 | 三の丸に立つ虎御石 後ろは内堀跡のおため池 |