三郎丸土塁

三郎丸土塁さぶろうまるどるい
福岡県宗像市三郎丸
Mapion

--南から遠望--
別名      
交通 JR鹿児島本線「教育大前駅」から徒歩30分。
築城年代
築城者     
形式 防塁
主な城主    
蔦ヶ岳城西麓、75号線沿いには長大な土塁・堀が残されており、蔦ヶ嶽城城下防衛の為に築かれたものと考えられるが、1587年(天正15)豊臣秀吉による九州征伐の際、秀吉が三郎丸の藤ヶ谷に在った正法寺(現陵厳寺)に宿泊したとの伝承から秀吉御動座に伴い、築かれた可能性も考えられている(紀要第3号 城郭から見た宗像の戦国時代)。
右側山林の中に土塁・堀が残る 正面が土塁・堀が残る山林

参考文献  「福岡県の城郭 銀山書房」
                                  「むなかた電子博物館HP 紀要第3号 城郭から見た宗像の戦国時代」
訪城回数 1
2019年12月