須古城

須古城すこじょう
佐賀県杵島郡白石町堤
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--石垣--
別名 高城・隆城
交通 JR長崎本線「肥前白石駅」から徒歩40分。
築城年代 1532〜55年(天文年間)頃
築城者 平井氏
形式 平山城
主な城主 龍造寺信周
室町時代以前から小城郡を領していた千葉氏に属していた平井氏居城。
千葉氏は有馬氏に備える為、須古に平井氏を置いていたが、1525年(大永5)平井氏は有馬氏に属して千葉氏を攻め、1541年(天文10)有馬晴純が佐賀を攻めた際にも従っている。
平井経治の頃、須古城を居城とし、支城として東に男島城、西に杵島城を配置し、弟直秀らに守らせた。しかし1563年(永禄6)から1574年(天正2)にかけて、4度にわたり龍造寺隆信に攻められ、最後は鍋島直茂が白石領主秀伊勢守を案内に城内に乱入し、遂に落城、経治は大村に逃れた。
1584年(天正12)沖田畷合戦で隆信が討死すると、須古城には弟の龍造寺信周が入城し、須古鍋島家始祖となった。
須古小学校裏山が城址で、南のグラウンド側にある公民館?脇から登山道が延びている。城址は大半が藪になっており、詳しく散策する事が出来なかった。本丸には用途不明の石組みがあり、これが城郭大系にある「弾よけ石」と思われるが、定かではない。
東麓を流れる水路・乱れ橋 南麓を流れる水路 曲輪跡
本丸 本丸にある石組み 北東から城址遠望


支城
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男島(小島)城
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杵島城

参考文献 「現地案内板」
                 「日本城郭全集 人物往来社」    
                    「長崎・佐賀の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2011年9月