群馬県吾妻郡高山村大字尻高 --本丸跡-- |
別名 | |
交通 | JR吾妻線「中之条駅」からバス「関田」下車。 |
築城年代 | 室町時代 |
築城者 | 尻高重儀 |
形式 | 平城 |
主な城主 | 尻高重儀 |
白井城主長尾重国の3男重儀を初代城主とし、1401年(応永8)3月、尻高城が築かれ、1403年(応永10)完成すると尻高左馬頭重儀と名を改め、尻高城に移った。 その後重儀は子に尻高城を譲ると、役原城に隠居したという。 案内板・標柱が立つ地が本丸跡だが現在宅地・耕地となっている。縄張り図によると本丸南に二の丸・三の丸が存在したようだが、こちらも大半が耕地となり、遺構は特に見当たらない。 |
二の丸 | 本丸・二の丸間を通る道は堀跡か | 本丸西側は水路が流れる |