荒隈城

荒隈城あらわいじょう
島根県松江市堂形町
Mapion

--天倫寺山門--
別名 洗合城・洗骸城
交通 JR山陰本線「松江駅」から徒歩35分。
築城年代 1562年(永禄5)
築城者 毛利元就
形式 山城
主な城主 毛利元就
1562年(永禄5)出雲に進出した毛利元就が尼子十旗筆頭である白鹿城攻略の拠点として築いた。この地は前面に宍道湖を眺められ見通しが良く、兵員や物資の輸送に便利であり、中海と宍道湖を結ぶ水道を押さえる要衝に位置する。
元就は翌年白鹿城を攻略し、1566年(永禄9)月山富田城に尼子氏を攻め滅ぼし、荒隈城は尼子氏討滅の中心拠点となった。
城域は東は天倫寺、西は南平台住宅地全域、北は国屋地区の県道沿いまでとかなり広く、町場も形成されていた。現在は墓地造成や宅地化の為、明確な遺構は確認出来ない。天倫寺裏手に曲輪跡と思われる階段状の平場があるだけとなっている。
天倫寺東側 天倫寺境内

参考文献 「現地案内板」
                        「鳥取・島根・山口の城郭 新人物往来社」 
訪城回数 1
2012年10月