愛媛県四国中央市川之江町 --本丸-- |
別名 | 川之江城・河江城・土肥城 |
交通 | JR予讃線「川之江駅」から徒歩15分。 |
築城年代 | 1338年(暦応1) |
築城者 | 河野通政 |
形式 | 平山城 |
主な城主 | 河上安勝 |
伊予国河野通政が、讃岐国細川氏の侵入を防ぐ為、土肥義昌に命じ築城させたと伝わる。 1342年(興国3)細川頼春が讃岐・淡路の軍勢7千を率い攻めてきた際、支城の由良吉里が拠る畠山城と共に落城した。 その後も仏殿城は伊予国東玄関口にあたる要所にある事から、度々戦乱が起こり、1582年(天正10)長宗我部元親に攻められると、城主河上安勝は本丸に火を放ち自害、落城している。 1585年(天正13)豊臣秀吉による四国征伐の際、小早川隆景に攻められ落城、廃城となった。 1636年(寛永13)川之江藩が成立した時、藩主一柳直家により再築の計画が在ったとされるが、実現しなかった。 |
城址碑 | 本丸下石垣 | 城址からから南西の眺め |