伏見奉行所

伏見奉行所ふしみぶぎょうしょ
京都府京都市伏見区西奉行町
Mapion

--伏見奉行所跡碑--
別名  
交通 京阪本線「伏見桃山駅」から徒歩5分。
築城年代 1624年(寛永1)
築城者 江戸幕府
形式 陣屋
主な城主 江戸幕府
江戸幕府により設けられた遠国奉行の一つ。1623年(元和9)伏見城を廃した江戸幕府は、翌年富田信濃守の屋敷が在ったこの地に奉行所を置き、伏見町の司法・行政、川船の監督、管轄する農村からの年貢徴収を担当させた。
1867年(慶応3)6月、26代奉行である林忠交が病死すると空席となり、京都町奉行が管轄した。
1868年(慶応4)1月3・4日、鳥羽・伏見合戦の際、会津兵や新選組ら旧幕府軍が本陣とするが、御香宮神社に布陣した薩摩兵に砲火を浴びせられ、焼失した。
1871年(明治4)御親兵(後の近衛師団)が配備され、次いで工兵第16大隊が置かれた。
現在は、市営住宅桃陵団地敷地となり、西側に碑が立つのみとなる。

参考文献 「現地案内板」
                        「京都・滋賀・福井の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2017年4月