甲府城

甲府城こうふじょう
山梨県甲府市丸の内1
Mapion

--山手渡櫓門--
別名 府中城・舞鶴城・一条小山城・赤甲城・錦城
交通 JR中央本線「甲府駅」から徒歩5分。
築城年代 1583年(天正11)
築城者 徳川家康
形式 平城
主な城主 浅野長政
甲府城が築かれた一条小山の地は、鎌倉時代初期に武田信義の子一条忠頼が居館を置いた所といわれる。その後忠頼が源頼朝に謀殺されると、夫人は館を尼寺とし、それが後に一蓮寺となった。
1519年(永正16)武田信虎が川田館から躑躅ヶ崎館に本拠を移した時も一蓮寺はこの地にあり、南方防御の一端を担っていたとされる。
1582年(天正10)武田氏滅亡後、天正壬午の乱を経て、甲斐国を領有した徳川家康は、翌年平岩親吉に命じて甲府城の築城を開始したといわれる。その後1590年(天正18)家康の関東移封後、甲斐国は豊臣秀吉が領有し、秀吉の甥羽柴秀勝、次いで加藤光泰と各領主に工事は継がれ、1600年(慶長5)頃、浅野長政・幸長父子の手により完成したようである。
その後再び徳川氏が支配し、1704年(宝永1)柳沢吉保が入城した。
1724年(享保9)吉保の子吉里が大和郡山城に移封となると、甲府城は幕府直轄となり、明治を迎えた。
甲府駅前に展示されている石垣 堀跡 坂下門跡
銅門跡 本丸・天守台 天守台石垣
本丸石垣 本丸から北・稲荷曲輪 内松陰門

参考文献 「現地案内板」
                    「長野・山梨の城郭 新人物往来社」
訪城回数 2
2006年4月
2011年4月