妙覚寺

妙覚寺みょうかくじ
京都府京都市中京区上妙覚寺町
Mapion

--現妙覚寺--
別名       
交通 各線「烏丸御池駅」から徒歩5分。
築城年代 1378年(永和4)
築城者 日実
形式 寺院
主な城主 織田信忠
1378年(永和4)日実が四条大宮に創建した事に始まり、1483年(文明15)足利義尚の命によりこの地に寺地が移された。
1536年(天文5)天文法華の乱の際、延暦寺衆徒に敗れるが、1548年(天文17)再建された。
天文法華の乱を経た経験から妙覚寺は土塁や堀を巡らせていたとされ、1569年(永禄12)4月13日、織田信長が上洛した際、妙覚寺に寄宿しており、その後も度々宿所としている。
1582年(天正10)本能寺の変の際、妙覚寺には信長の嫡男信忠が居た。明智光秀の来襲を知った信忠は、信長の居る本能寺に合流しようとするが、村井貞勝の言を取り入れ、二条御所に立て籠もり、激しい合戦の末、自害した。
その後豊臣秀吉による都市改造の際、妙覚寺は現上京区下清蔵口町の地に移された。
妙顕寺と二条御所の間、現上妙覚寺町・下妙覚寺町付近が妙覚寺旧地とされるが、地名が残るのみで痕跡は見当たらない。

参考文献 「現地案内板」
              「歴史群像シリーズ 学研」   
訪城回数 1
2009年6月