長久手城


長久手城ながくてじょう
愛知県長久手市城屋敷
Mapion


--城址碑--
別名 長湫城
交通 リニモ(東部丘陵線)「長久手古戦場駅」から徒歩15分。
築城年代 1429〜41年(永享年間)頃か
築城者 左近太郎家忠か
形式 平城
主な城主 加藤太郎右衛門忠景
尾張志」によると1429〜41年(永享年中)左近太郎家忠・左衛門次郎国守が、1528〜32年(享禄)頃には、斎藤平左衛門尉・同民部丞が居城していたとされる。
その後城は荒廃するが、1555〜58年(弘治年間)に馬ヶ城(瀬戸市)から落ちて来た加藤太郎左衛門がこれを修築し居住したと考えられる。
その後1584年(天正12)小牧長久手合戦の際、加藤太郎右衛門忠景は、徳川家康方、丹羽氏重を助け岩崎城に籠もり、羽柴秀吉方、池田恒興らに攻められ討死した。
宅地化により遺構は残されていない。城址碑と池田勢に敗れ城兵230余名と共に討死したという家康方加藤忠景墓碑が立つのみとなっている。

参考文献 「現地案内板」
                        「静岡・愛知・岐阜の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2009年4月