韮山城

韮山城にらやまじょう
静岡県伊豆の国市韮山
Mapion

--東から城址遠望--
別名   
交通 伊豆箱根鉄道駿豆線「韮山駅」から徒歩20分。
築城年代 1491年(延徳3)
築城者 北条早雲(伊勢宗瑞)
形式 丘城
主な城主 北条氏規
1469〜1486年(文明年間)堀越御所に在った堀越公方足利政知の家臣外山豊前守が築いた事に始まるとされ、1491年(延徳3)北条早雲(伊勢宗瑞)が政知の子茶々丸を滅ぼし、伊豆を手に入れた際に本格的に築城された。以来この地を本拠として1495年(明応4)には小田原城を奪い、後北条五代の礎を築いた。しかし早雲は相模へ進出するようになっても終生この韮山城を居城とし、1519年(永正16)8月15日、87歳でこの地で没している。
1590年(天正18)3月、豊臣秀吉による小田原攻めの際、北条氏政の弟氏規が3千余の兵と共に在城し、豊臣勢4万余を相手に守り通した。しかし関東の諸城が落ちる中で開城を決意し、6月24日、徳川家康の陣に降った。
その後韮山には徳川家臣の内藤信成が入り、関ヶ原合戦を経て、駿河へ転封となると廃城となった。
権現曲輪北堀切 権現曲輪に建つ社殿 二の丸
本丸下堀切 本丸(物見台) 本丸から北西
御座敷跡(現韮山高校)遠望
塩倉 塩倉土塁 西側の眺め

参考文献  「現地案内板」
                        「静岡・愛知・岐阜の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2007年4月