小田御崎砦

小田御崎砦おだみさきとりで
三重県桑名市長島町西外面
Mapion

--小田江神崎神社--
別名  
交通 近鉄名古屋線「近鉄長島駅」から徒歩15分。
築城年代       
築城者       
形式 平城
主な城主 梅戸高資
長島一向一揆衆による長島城願証寺を中心とした14の砦の一つ。
1574年(天正2)尾張立田村服部党の一族、梅戸高資が数百人と共に拠っていたが、立田村方面から侵攻した織田信長本隊、丹羽隊に攻められ落城した。
この時他の城砦群も四方から囲まれ、次々と落城し、追い込まれた一向一揆衆は長島城・大鳥居城・屋長島城・篠橋城・中江城の5ヶ所に立て籠もる。8月3日大鳥居城は降伏を申し出たが拒否され落城、12日には篠橋城も落城し、両城をかろうじて脱出した者は残る3城に逃げ込んだ。
その後信長の大軍を前に、長島城に籠もる一揆勢は退去するもすべて討たれ、更に餓死状態に追い込まれていた屋長島城と中江城は四方から火を放たれ男女2万人以上の死者を出した。
砦の位置について、小田江神崎神社石碑文によればこの地にあったものとし、また桑名市教育委員会文化財HPでは南方にある大智院西側河川中としている。

参考文献 「現地石碑文」
              「歴史群像シリーズ 学研」
                  「桑名市教育委員会 文化財HP」
                         「三重・奈良・和歌山の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2009年4月