茨城県猿島郡五霞町山王山 --東昌寺境内に残る堀跡-- |
別名 | |
交通 | 東武日光線「南栗橋駅」から徒歩60分。 |
築城年代 | 1568年(永禄11)頃 |
築城者 | 北条氏照 |
形式 | 平城 |
主な城主 | 北条氏照 |
1568年(永禄11)頃、栗橋城を接収した北条氏照が関宿城を攻める際、付城として築いた2ヶ城(山王山城・不動山城(所在不明))の内の一つと考えられる。 翌年後北条氏と越後上杉氏との間で和睦が成立すると、その条件として山王山城は破却され、山王山人衆は退去した事が史料に見える。 しかし1574年(天正2)及び1577年(天正5)山王山城が再び取り立てられた事が伺える記録があり、江戸時代初期に描かれた「下総国世喜宿城絵図」にも「昔之仕寄場」として記されている。 簗田氏菩提寺である東昌寺を中心とする一帯が城址と考えられている。境内には土塁や堀が残されており、1476年(文明8)簗田河内守持助の銘を持つ梵鐘も残されている。 |
東昌寺 | 土塁 | 梵鐘 |