新庄城

新庄城しんじょうじょう
山形県新庄市堀端町
Mapion

--表御門跡石垣--
別名 沼田城・鵜沼城
交通 各線「新庄駅」から徒歩20分。
築城年代 1625年(寛永2)
築城者 戸沢政盛
形式 平城
主な城主 戸沢氏
1622年(元和8)山形城主最上義俊の御家騒動による改易後、常陸国松岡から戸沢政盛が最上氏旧領である最上郡一円と村山郡の一部、6万石を与えられ、この地に入部した。政盛ははじめ鮭延城に入城するが、不便な地であった為、新庄城の築城を開始し、1625年(寛永2)に完成した。この時城の縄張りは最上氏に代わって山形城に入城した義兄にあたる鳥居忠政が行ったという。以後明治まで11代戸沢氏が続いた。
1868年(慶応4)7月、戊辰戦争において政府軍についた新庄藩は庄内藩に攻められ、新庄城は焼失した。
その後跡地は新庄学校・勧業試験場・郡会議事堂等の敷地として利用されるが、現在は最上公園として整備され、水堀や土塁が残されている。
二の堀跡 大手御門跡 本丸東堀
御玄関跡・戸澤神社 表御門跡 表御門跡石垣
本丸西堀 本丸南門跡 二の丸跡

参考文献 「現地案内板」
                        「山形・宮城・福島の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2013年9月