陶氏館

陶氏館すえしやかた
山口県周南市大字下上
Mapion

--富岡公園--
別名     
交通 JR山陽本線「新南陽駅」から徒歩20分。
築城年代 南北朝時代
築城者 陶弘政
形式 平城
主な城主 陶氏
陶氏は周防国佐波郡右田村に居住した右田氏の祖盛長の5世の孫、重俊の弟弘賢が吉敷郡陶村(現山口市陶)を領し、陶を名乗った事に始まる。その子弘政は富田保に移り、以来この地に居館した。
1555年(弘治1)陶晴賢は嫡子長房を若山城に置くと、厳島へ出陣し、毛利元就と争うが敗れ自刃する。直後若山城は前に晴賢に父重矩を討たれていた大内氏重臣杉重輔に攻められ、長房は龍文寺で自刃し、陶氏は滅亡した。

参考文献 「現地案内板」
                        「鳥取・島根・山口の城郭 新人物往来社」 
訪城回数 1
2008年1月