修善寺城

修善寺城しゅぜんじじょう
静岡県伊豆市本立野
Mapion
登山口地図

--東から城址遠望--
別名       
交通 伊豆箱根駿豆線「修善寺駅」から登山口まで徒歩20分。
地図の地点、南麓に建つ城山神社から登山道があります。
築城年代 1361年(康安1)
築城者 畠山国清
形式 山城
主な城主 畠山国清
1361年(康安1)11月、関東執事畠山国清は、鎌倉公方足利基氏との確執から弟の尾張守義深、式部大夫義熙と共に伊豆において叛旗を翻す。
修善寺城はこの時築かれた「畠山三城」の一つで、本城として国清が守り、金山城三津城はそれぞれ弟2人が守った。
三城に籠もった国清らははじめ優勢であったが、翌年基氏は関八州の軍勢20万の兵をもって再び伊豆に攻め寄せた。畠山兄弟は金山・三津両城に自ら火を放ち、修善寺城に撤退するが9月10日降伏する。国清と義熙は夜陰箱根を越えて藤沢道場に逃げ込み、その後国清は西国を流浪し、南都で窮死したという。また義深も藤沢道場に逃げ込むが、後に赦され、越前守護に取り立てられている。
桂川と大見川が狩野川に合流する地点に位置する城山が城址。居館跡と考えられる城山神社から登山道があり、10分程で登れる。土塁や井戸、石積みが確認出来るが、山頂には電波塔やロープウェイ施設(現在廃止)があり、改変されている箇所も多くどこまでが旧状通りか判然としない。
畠山国清古戦場碑 南曲輪に建つ社殿 本丸南腰曲輪
本丸 井戸跡 石積み

参考文献 「駿遠豆古城歴史紀行 明文出版社」
  「日本城郭全集 人物往来社」
         「静岡・愛知・岐阜の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2015年1月