山口県萩市堀内 大手・指月山 |
別名 | 指月城 |
交通 | JR山陰本線「玉江駅」から徒歩25分。 |
築城年代 | 1604〜08年(慶長9〜13) |
築城者 | 毛利輝元 |
形式 | 平山城 |
主な城主 | 毛利氏 |
元々この地は津和野城主吉見正頼が隠棲の地とした所で、吉見氏廟所と指月山善福寺があった。 1600年(慶長5)関ヶ原合戦で西軍総大将として敗れた広島城主毛利輝元は、従来の120万石の領地を削られ、長門・周防2ヶ国36万9千石に移封された。 1604年(慶長9)輝元は日本海に面したこの地に築城を開始し、同時に阿武川河口の三角州を整地した。以後萩城は250余年にわたり毛利氏の防府統治の牙城となった。 1863年(文久3)毛利敬親は、萩城が海防上不利であり、防長2州の指揮を執るには不便であった事から山口城へ移ると、萩城の政治的重要性は次第に失い、同年城内の建物のほとんどは解体され、明治に至り五層の天守閣を始め、城楼もすべて破却された。 |
二の丸南門石垣 | 本丸虎口石垣 | 本丸石垣雁木 |
天守台 | 天守台礎石 | 天守台から本丸南水掘 |
天守台から本丸西水堀 | 指月山詰丸跡碑 | 指月山詰丸枡形虎口 |