勝山城

勝山城かつやまじょう
群馬県前橋市総社町植野
Mapion

--元景寺--
別名     
交通 JR上越線「群馬総社駅」から徒歩15分。
築城年代 1371年(応安4)
築城者 赤松氏
形式 平城
主な城主 関口清房
1371年(応安4)赤松氏により築かれたと伝えられ、1427年(応永34)赤松能亮の時、関口氏に改称したという。
1525年(大永5)総社長尾氏の居城である蒼海城の支城となり、関口清房が在城した。
1566年(永禄9)長野氏の箕輪城が落城した後、勝山城も武田勢に攻略され廃城となるが、その後1607年(慶長12)秋元長朝による総社城築城の際、勝山城址は一部に取り込まれた。
長朝が父である秋元景朝の菩提を弔う為に建立した元景寺から北側が城址だが、そのほとんどが利根川の氾濫により崩落したとされる。元景寺境内に堀跡とも思われる窪地が確認出来るが特に明確な遺構は無く、堀の内や岡屋敷等の字名が残されるのみとなっている。
堀跡? 元景寺北側 秋元氏墓所・宝篋印塔
秋元景朝墓 景朝正室である妙耕院墓 長朝側室である艶(伝淀君)供養塔

参考文献 「現地案内板」
                          「群馬県の中世城館跡 群馬県教育委員会」
                         「茨城・栃木・群馬の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2014年5月