秋田県秋田市土崎港中央3丁目 --湊安東氏顕彰碑-- |
別名 | |
交通 | 各線「土崎駅」から徒歩5分。 |
築城年代 | |
築城者 | 安東氏 |
形式 | 平城 |
主な城主 | 安東実季 |
1394年(応永1)津軽十三湊安東盛季の弟鹿季が兵200騎を率いて秋田の「湊」を討ち、以後湊城を本拠とした事に始まる湊安東氏累代の居城。築城年代は不明だが、古絵図によると堀を巡らせた平城であった。 湊安東氏は檜山城を居城とする檜山安東氏と並存のまま戦国時代を迎えるが、檜山安東氏愛季が両家を併合すると、愛季は湊城へ移り、檜山城にはその子実季が置かれた。 1587年(天正15)愛季が亡くなり、実季が跡を継ぐと、叔父で湊安東氏嫡流を名乗る豊島道季の謀反による内紛(湊騒動)が起こった。激しい争いの末、この内紛を制した実季はこの地に居城を移し、秋田城介を称す。 1602年(慶長7)実季が常陸国宍戸へ移ると、代わって秋田へ入部した佐竹義宣は一時この湊城に拠ったが、久保田城を築き移ると、湊城は廃城となった。 城址は土崎神明社、公園となっており、一部堀跡と思われる窪地も見られるが、明確な遺構は確認出来ない。 |
土崎神明社 | 土崎神明社に隣接する公園 | 公園内に見られる窪地は堀跡か |