小野藩陣屋

小野藩陣屋おのはんじんや
兵庫県小野市西本町
Mapion

--陣屋跡碑--
別名        
交通 神戸電鉄粟生線「小野駅」から徒歩5分。
築城年代 1653年(承応2)
築城者 一柳直次
形式 陣屋
主な城主 一柳氏
1636年(寛永13)伊勢国神戸城主一柳直盛は先祖伝来の地である伊予国5万8千石、播磨国加東郡1万石合わせて6万8千石に加増の上、伊予国西条へ転封となるが、8月19日その地へ赴く途上、大坂で没した。その為遺領は3人の子に分割された。長男直重が伊予国西条で3万石、2男直家が伊予国河上と播磨国小野で2万8千6百石、3男直頼が伊予国小松で1万石を相続した。直家は当初播磨国小野は代官所を敷地(現在の大部小学校付近)に置いて支配し、翌年初めて小野を訪れたとされる。
1642年(寛永19)直家は参勤交代の途中、病に臥した。跡継ぎの無かった直家は臨終に際し、丹波国園部城主小出吉親の子直次を養子に迎え、相続させようとするが、急な養子は認められず、伊予国の領地は没収され、播磨国小野1万石のみで存続が許された。跡を継いだ直次は敷地代官所に入り、陣屋を築造するが、要害の地で無かった為、1653年(承応2)原野(現在の小野小学校付近)に陣屋を移した。以後明治に至るまで11代230余年、一柳氏が続いた。
現在小野小学校の敷地となり、正門脇に石碑が建つ。東側に建つ磐代神社は小野藩一柳家の氏神として陣屋構築に伴い建立されたとされる。
小野小学校 磐代神社

参考文献 「ひょうごの城 神戸新聞総合出版センター」
    「大阪・兵庫の城郭 新人物往来社」  
訪城回数 1
2018年7月