大野木館

大野木館おおのぎやかた
滋賀県米原市大野木
Mapion

--八相宮神社--
別名         
交通 JR東海道本線「柏原駅」から徒歩25分。
築城年代 1198年(建久9)
築城者 大野木丹後守俊綱
形式
主な城主 大野木氏
大野木氏は近江源氏の流れを汲み、1198年(建久9)2月、加々美次郎遠光の4男遠俊の子である大野木丹後守俊綱が摂津三草郷からこの地に館を構え、移り住んだ。
戦国時代、大野木秀国は浅井氏の重臣として横山城を守り、1570年(元亀1)姉川合戦で討死する。秀国の嗣子秀俊は上坂城主上坂氏の守臣となり、土佐守を称していたが、1573年(天正1)小谷城落城後、大野木に帰り80歳で亡くなったという。
その後大野木氏は桑原姓に改め、1585年(天正13)大地震によって家屋、家財は焼失し、家来達は去った。
明治時代、絶家となっていた家は桑原俊通によって再興された。
八相宮神社裏手に土塁が残るというが判然としない。

参考文献 「日本城郭全集 人物往来社」
               「京都・滋賀・福井の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2009年4月