刑部城

刑部砦おさかべとりで
静岡県浜松市北区細江町中川
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石碑地図

--石碑--
別名        
交通 各線「浜松駅」からバス「老ヶ谷口」下車。
築城年代 1572年(元亀3)
築城者 武田信玄
形式 陣城
主な城主 武田信玄
1572年(元亀3)12月三方原合戦後、徳川家康に勝利した武田信玄が陣を敷いた所という。
徳川軍に勝利した武田軍は三方原台地北部の刑部に転進し、反織田信長派諸大名に戦勝報告をすると、この地で越年し、その後三河に進んで野田城を攻略した。しかしこの攻城中に信玄は病を発し、療養の為、長篠城に入る。武田軍は信濃方面に引き上げを開始するが、その途中伊奈谷駒場で信玄は53歳で没した。
中川の「陣ノ平」にあったといわれるが、「菅沼家譜」では信玄の陣所を「油店(油田)」としている。正確な場所は不明だが、大軍であった事から広範にわたっていたと思われる。地図の地点、261号線沿いに由来が記される石碑が立っている。
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陣座ヶ谷古墳
三方原台地上から北側の眺め
中央左手に見える小山は刑部城
北西から見る三方原台地

参考文献 「現地石碑文」
                「日本城郭全集 人物往来社」
訪城回数 1
2014年1月