白旗城

白旗城しらはたじょう
兵庫県赤穂郡上郡町赤松
Mapion
登山口地図
--本丸に立つ城址碑--
別名          
交通 智頭急行智頭線「河野原円心駅」から登山口まで徒歩30分。
地図の地点から登山道があります。
築城年代 1336年(建武3)
築城者 赤松則村(円心)
形式 山城
主な城主 赤松氏
1110〜12年(天永年間)源秀房がこの地に来住して築いたという伝承や1333年(元弘3)赤松氏が後醍醐天皇の挙兵に際し、いち早く築いて本拠としたという説がある。しかし一般的に1336年(建武3)赤松則村(円心)が九州へ逃れた足利尊氏追討の為に派遣された新田義貞をこの地で迎え撃つ為に築いたとされ、義貞率いる6万の軍勢を相手に50日余の籠城戦に耐え、後の尊氏の湊川合戦の勝利、再上洛に大きく貢献した。
以後1441年(嘉吉1)嘉吉の乱で敗北し、城山城で赤松家が一旦滅亡するまで赤松氏本城として続いた。
その後赤松政則が赤松家を再興すると、本城は置塩城に移され、次第に白旗城の重要性は失われていくが、1578年(天正6)上月城合戦の際、上月氏が落城寸前に脱出して白旗城に向かう途中、毛利勢に討たれたという記録がある事から戦国時代末期まで存続していたとみられる。
堀切 石垣 櫛橋丸
櫛橋丸・二の丸間堀 二の丸 二の丸石積み
水の手(侍屋敷跡) 水の手(侍屋敷跡)石垣 馬場跡
内側から見る本丸虎口 本丸 本丸下曲輪
三の丸 三の丸土塁 三の丸からの眺め
栖雲寺跡 麓に立つ五輪塔群
1336年(建武3)白旗城合戦で倒れた
将兵の供養塔といわれる
西麓から城址遠望

参考文献 「現地案内板」
                          「ひょうごの城 神戸新聞総合出版センター」
                     「大阪・兵庫の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2015年3月