高楯城

高楯城たかだてじょう
山形県上山市河崎反田
Mapion

--東麓に立つ城址案内板--
別名 亀ヶ岡城
交通 JR奥羽本線「かみのやま温泉駅」から徒歩40分。
築城年代 1403年(応永10)頃
築城者 武衛(上山)満長
形式 山城
主な城主 武衛(上山)氏
最上氏の祖斯波兼頼の子直家の2男頼直が天童に封じられ、1403年(応永10)頃、その子満長が上山に分封されると、この地に高楯城を築き、武衛氏又は上山氏を称したとされる。
置賜地方を領する伊達氏と領域を接する境目の城である事から度々攻防が繰り返されるが、1535年(天文4)武衛義忠の時、新たに上山城を築いて移った。
1600年(慶長5)慶長出羽合戦の際、上山勢は高楯城に拠り、羽州街道から侵入した横田旨俊・本村親盛率いる上杉方第二軍4千に勝利している。
上山城西方、虚空蔵山が城址。遺構は良く残されているが、下草の為、ほとんど確認出来なかった。東麓には1658年(万治1)沢庵禅師の見立てにより、松山御殿まで引水された堰が残されている。
沢庵堰 東麓 東麓から城址遠望
登山道 登山道途中にある竪堀 虎口?
帯曲輪 本丸 本丸・弁慶水

参考文献 「現地案内板」
                        「山形・宮城・福島の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2013年9月