高見城

高見城たかみじょう
埼玉県比企郡小川町高見
Mapion

--南から城址遠望--
別名 四津山城
交通 東武東上線「東武竹沢駅」から徒歩60分。
築城年代 伝室町時代
築城者 伝石井九郎左衛門政綱
形式 山城
主な城主 石井九郎左衛門政綱・増田四郎重富
築城年代や城主について不明な点が多いが、「青木家家譜」に、1180年(治承4)青山城主青木山城守氏久の一門、石井九郎左衛門政綱が居住したとあり、「新編武蔵国風土記稿」高見村の条には、1487年(長享1)に没した増田四郎重富が居住したとある。
山麓を流れる市野川筋に鎌倉街道上道が走る重要な位置を占め、戦国期には松山城鉢形城を繋ぐ役目を果たしていたと考えられる。
1488年(長享2)高見城の北東方向、高見ヶ原において山内上杉氏と扇谷上杉氏が争った。2月実蒔原で合戦し、6月には再び武蔵須賀谷原で争い、そして11月高見ヶ原で三度合戦を繰り返している。この高見ヶ原の合戦の際、高見城は山内上杉方本拠である鉢形城の支城であったと考えられ、山内上杉方は高見城を背後に東方の今市台地に布陣していたとされる。
その後1491年(延徳3)、再び両上杉氏は付近で合戦を行っている。
犬走り跡 主郭虎口 主郭に建つ四津山神社
主郭から東側の眺め 主郭北堀切 二郭虎口
二郭北堀切 三郭 三郭北堀切

参考文献 「現地案内板」
                    「東京・埼玉の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2007年11月