垂井城

垂井城たるいじょう
岐阜県不破郡垂井町
Mapion

--城址碑--
別名  
交通 JR東海道本線「垂井駅」から徒歩10分。
築城年代     
築城者 長屋氏か
形式 平城
主な城主 平塚為広
築城者・年代は定かでないが、1221年(承久3)承久の乱後、鎌倉権五郎景政7代の孫である長屋景頼が相模から垂井に来住しており、この長屋氏により築かれたと考えられる。
1600年(慶長5)豊臣秀頼に仕えた平塚為広が1万2千石で入城した。同年関ヶ原合戦の際、西軍に従った為広は伏見城攻め大垣城譲渡交渉等に活躍、本戦では大谷吉継軍に属した。大谷隊に攻め寄せた小早川秀秋勢を相手に大長刀を振り回し奮戦するが、最後は山内一豊の家臣樫井太兵衛に討たれた。戦後垂井城も廃城になったとされる。
専精寺付近が城址といわれるが、遺構は無く、碑が立つのみとなる。

参考文献 「現地案内板」
                        「静岡・愛知・岐阜の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2017年4月