敦賀城

敦賀城つるがじょう
福井県敦賀市結城町
Mapion

--敦賀西小前に立つ案内碑--
別名      
交通 各線「敦賀駅」から徒歩25分。
築城年代 1583年(天正11)
築城者 蜂屋出羽守頼隆
形式 平城
主な城主 大谷吉継
1575年(天正3)越前を平定した織田信長は、武藤舜秀を敦賀郡代に任じるが、本能寺の変後の1583年(天正11)舜秀に代わり、蜂屋頼隆が敦賀5万石の領主となった。頼隆は花城山城を廃し、この地に築城を開始する。
しかし1589年(天正17)九州征伐遠征中に頼隆は病没し、代わって大谷吉継が入城した。
1600年(慶長5)関ヶ原合戦後、徳川家康は吉継に代わり、田中清六を代官として置き、その後1615年(元和1)一国一城令により敦賀城は廃城となった。
1624年(寛永1)小浜城主京極忠高が敦賀郡を加増される。忠高の松江移封後は、川越城主酒井忠勝が小浜城主となり、敦賀の支配に当たった。
真願寺・敦賀西小一帯が城址とされ、来迎寺には敦賀城中門が移築されている。

参考文献 「現地案内板」
                        「京都・滋賀・福井の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2011年4月