江田城

江田城えだじょう
群馬県太田市新田上江田町
Mapion

--主郭・二郭間堀--
別名 江田館
交通 東武伊勢崎線「世良田駅」から徒歩35分。
築城年代 1207〜10年(承元年間)頃
築城者 江田頼有
形式 平城
主な城主 矢内四郎左衛門・後北条氏
新田義重の子、義季4世の孫である江田判官行義の館と伝えられる。1333年(元弘3)行義は新田義貞による鎌倉攻めに従軍し、大舘館主大舘宗氏と共に極楽寺切通に向かい、寄手大将として軍功を挙げた。
転戦後、備後国(広島県)で農業を営み、以後9代に渡り、足利氏の目を忍び、姓を「守下」と改めたといい、1593〜96年(文禄年間)頃、10代目大膳は、祖先のこの地に戻ってきたといわれる。
戦国時代に入ると、反町城と共に金山城の支城として改修され、由良氏四天王の一人であった矢内四郎左衛門の居城となる。
1584年(天正12)後北条氏はこの城を占拠し、金山城攻めの拠点としている。
主郭南虎口・土橋 主郭南堀・土橋 主郭東堀
主郭 主郭土塁 主郭北堀
主郭西堀 二郭外堀跡 西から城址遠望

参考文献 「現地案内板」
                        「茨城・栃木・群馬の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2008年2月