石川城

石川城いしかわじょう
青森県弘前市石川大仏
Mapion

--二郭--
別名 大仏ヶ鼻城・石川楯・岩館十三楯・石川十三楯
交通 弘南鉄道大鰐線「石川駅」から徒歩10分。
築城年代 1334年(元弘4)
築城者 曾我道性か
形式 山城
主な城主 南部高信
築城年代は不明だが、1333年(元弘3)鎌倉幕府滅亡後、幕府要人であった安達高景・名越時如が大光寺曾我氏を頼って津軽に逃れた際、石川城に立て籠もったといわれ、この頃までに曾我氏により築かれたものと考えられる。
1533年(天文2)津軽に侵攻し、平賀・田舎・沖法の3郡を制圧した南部高信が津軽郡代となって入城し、津軽地方を支配した。
1567年(永禄10)大浦城主となった大浦(津軽)為信は、南部氏からの独立と津軽統一を目指し、1571年(元亀2)堀越城を前線基地として挙兵、5月、石川城を奇襲し、高信は自刃、落城した。その後為信は石川城に板垣将兼を置いて守らせた
1600年(慶長5)関ヶ原合戦の際、徳川家康に従った為信は美濃大垣城攻撃を命じられたが、その留守中、将兼が尾崎喜蔵・多田玄蕃らと共に謀反を起こし、堀越城を占拠するという事件が起きている。
1611年(慶長16)弘前城が築かれると、石川城は廃城となった。
城址は大仏公園として整備されており、一部土塁や堀跡が見られるが、大きく改変されているものと思われる。また石川城は12の館から成り、丘陵続きに岡館・猿楽館・月館等が構築されていたようだが、奥羽線開通工事や果樹園等の整地によりほとんど旧状は留めていないという。
城址碑 大仏公園として整備されている 郭跡
主郭・櫓台跡 竪堀跡か 北東から城址遠望

参考文献 「現地案内板」
                         「青森県の中世城館 青森県教育委員会」
                        「青森・岩手・秋田の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2015年9月