烏山城

烏山城からすやまじょう
東京都世田谷区南烏山2丁目
Mapion

--ウテナ本社・世田谷文学館付近--
別名 烏山塁・烏山砦
交通 京王線「芦花公園駅」から徒歩5分。
築城年代 1537年(天文6)
築城者 高橋民部少輔氏高
形式
主な城主 高橋民部少輔氏高
1537年(天文6)後北条氏が扇谷上杉氏方の深大寺城に対する備えとして北方牟礼砦と共に築いたものとされ、高橋民部少輔氏高が入城し、牟礼砦は兄である綱種(綱高)が守った。
氏高は後漢孝霊帝31代末裔、劉(高橋)高種の子といわれる。高種は堀越公方足利政知の子茶々丸の師として伊豆国雲見城に在ったが、北条早雲の伊豆平定後、早雲の娘を妻とすると、後北条氏に従った。
烏山城址は現在のウテナ本社・世田谷文学館付近に比定されている。
またこれとは別に烏山神社付近を中心とする烏山砦があったという説があり、世田谷城の支城の役割を持っていたと推定される。付近には城郭化された泉沢寺という寺があったといい、以前からこの地は重要されていたと考えられる。1549年(天文18)吉良頼康の時、泉沢寺は火事で焼失した為、中原区上小田中に再建された。
烏山神社

参考文献 「東京・埼玉の城郭 新人物往来社」
            「世田谷の中世城塞 世田谷区教育委員会」
訪城回数 2
2008年8月
2010年5月