福島県会津若松市門田町大字飯寺 --稲荷神社-- |
別名 | 佐原の館 |
交通 | JR只見線「西若松駅」から徒歩20分。 |
築城年代 | 1191年(建久2) |
築城者 | 佐原義連 |
形式 | 館 |
主な城主 | 蘆名直盛 |
相模国三浦半島の衣笠城を本拠とする三浦大介義明の子で、佐原城主の佐原十郎義連は、1189年(文治5)源頼朝による奥州征伐に従軍し、その軍功により会津の地頭職となった。「会津鑑」によると、義連は会津に下向した際、始め後の幕内村の地に滞留していたという。そして会津を拝領した2年後の1191年(建久2)義連はこの飯寺(仁井寺)に館を築いたとされる。 1379年(康暦1)会津に入った蘆名家7代直盛は、この飯寺館に3年住し(幕内の地ともいわれる)、その後小館を築き、東黒川館(後の黒川城の前身)の造営を開始する。 その後館跡は歴代藩の練武の地になったといわれる。 館址一帯は会津オリンパス敷地となり、それ以前は土塁や堀跡がまだ残されていたという。現在は館の守護として祀られていた古舘稲荷が南側に建つのみとなっている。 |